ボクは、いたって正常な人間だ。だと、思う。ま、少しはご異議があるかも知れないけれど----。だから、極めて高い崖のてっぺんから絶壁の底を覗き込んで、ふーむなどと落ち着いていられる異常人間の、ココロが解せない。アイツら、木星人か!

 なにの、中国は北京市の郊外に、地上400メートルの断崖絶壁に君臨する全面ガラス張りの展望台ができて、超人気らしい。どれどれ、と動画をアップして視ると、もちろん透き通った薄いガラス板の上で、腕立て伏せしながらはるか下界を品評している異常人ほかが、うんじゃり。なんてこっちゃ。思わず足がすくんで、悲鳴をあげてる正常おばさん! 行かなけりゃいーじゃねーか、そんなとこ(怒)。

 ----という出だしで、「砂川肇の日記編」第二弾を、きわめて正常に綴ることにしたい。

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 5月☆日。ここへ来てやっと、IoTという言葉といおうか事実が市民権を得つつある。だって、テレビや新聞でふつうに使われ始めたんだもの。まあ誤解を恐れずに書けば、「物々通信(装置)」と訳していい。外出先から、スマホで家のエアコンをつけられる。必ずしもスマホが不可欠なのではない。植木鉢が「水をくれぃ」と叫ぶと、頭上の散水機が起動する。豆が新鮮でなくなったら、「取り替えろっ!」と警告してくるコーヒー焙煎器も、仲間入りさせてあげよう。しかし----物事にはつねに裏がある。

 IoTなるものが世にはびこるほど、ある意味で想像を超える危険も増すのだ。もうすぐ、スマホで家の戸締りをするようになるのだけれど、その通信信号を盗まれたとたん、空き巣の侵入を覚悟しなければならない。株券、宝石、タンス預金その他、ご用心! コーヒー焙煎器のケースでは、あなたの好みの豆の種類がばれて、知らぬ間に豆業者が電子販促チラシを投げ込んでくる。つまり、いまでもすでにそうなのだけれど、個人情報保護なんて、夢の世界の真実でしかないのさ。

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 5月◇日。BSの番組で、大原治雄さんの写真と物語に触れて、圧倒された。大原さんは1927年、17歳のときブラジルに集団移民し、以後、かの国の大地と格闘して生を終えた農民だ。その格闘のあいまに平易な身の回りを撮り続け、優しく印画紙に収め重ねた。

 大原さんは自分の写真を、「大自然を相手にした人間の愚痴」と自称したらしい。ボクが圧倒された一点は、このひとことに尽きる。モノクロームな陰影の数々は、一方で日々の暮らしの実像を温かく切り取っているのだが、その温かみの背景には、けっして声高ではない恨みも写し込まれている。大原さんの写真を視る人は、そんな温かみと恨みのコントラストに、知らず気づく。

 そして、そのコントラストは、視る人それぞれに色を与える。モノクロなのに。満開のコーヒーの花たちの、一つひとつが語りかける表情が、彩色されて浮き上がるのだ。いやあ、とにかく、もう----

 次いで触れた、沖縄の写真家・平敷兼七さんの足跡にも、凄みを覚えた。1948年から2009年までの平敷さんの生衰について、あれこれ多くを書くとこのブログがさらに貧相になる。だから、止めておく。「彼の視線の先に触れて、言葉はうろたえ、遁走する」というメッセージだけを記憶に残しつつ。

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 6月×日。俗に言われる“マスゾエ現象”に、飽き飽き。あれは、テレビや新聞、あるいはマスコミなどと称される、いまや化石に堕した“装置”が勝手に乱舞した茶番だ。あえて偉そうに、こう書き留めておく。

 マスゾエなる人物は、装置によって見いだされ、育てられ、厚顔無恥を地で生きさせられ、そして装置によって殺された。視聴率や販売部数といったゼニを産む(と妄信される)計数が、一連のプロセスを支えた。いや、人の死後も7回忌や13回忌が覚えめでたく営まれるとするなら、マスゾエ現象はこれからも棺桶の蓋を持ち上げて化けて出てくる。「せこいのは、おマエらだぁ」と口を割きつつ。

 その忌跡を担ぐのは、たとえば、なお装置の側に身を寄せてしぶとく生き残ってきた“T原”あたりなのだろう。一見みんなで仲良くしつつ、時にそのうちの一人を犬よろしく水に落とし、これでもかと叩きのめし合う狂乱から、彼らが抜け出せるはずはない。

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 ああ、何という悪言の羅列なのだろう。ボクとしたことが、はしたない。いかに正常な人間でも、ときに異常性を孕んでしまうのは致し方ないことだとして。

 6月○日。NYの、ボクが好きなセントマークス・プレイスにあるバーPDTが、ひそやかに注目されている。理解可値段の多彩な酒に加えて、コンフォートフードと呼ばれるこれも安値な食事メニューが、売り。コンフォートって、快適なって訳されちゃいそうだけど、これ、いわば“おふくろの味”なんだな。

 店名もいい。PDTすなわち「プリーズ・ドント・テル」の頭文字で、つまり「あんまり他人に紹介しないで~」と身を秘す構えなのさ。